野坂昭如の歌謡冥界譚〜『幻の女 ファントムレディー』

『幻の女 ファントムレディー』とは1983年にオフィス中野製作で発売された30分ほどのアダルトビデオのことで、いやアダルトビデオと言っても、これは野坂昭如が監督・主演・歌を全部をやった、野坂の、野坂による、野坂のためのビデオで、その内容を一言で言うならば「歌謡冥界譚・野坂昭如ワンマンショー!」 という感じでしょうか。


とにかくこのビデオはスタッフ陣が物凄くて、まず企画が中野顕彰、監修に浦山桐郎、脚本が石堂淑朗、撮影が安藤庄平と鈴木耕一、主演女優に沢田和美と、名前を並べただけで眩暈がしてきそうな錚々たる人材を揃えたのにもかかわらず、それが作品にまったく反映されていないという意味で、野坂昭如のデスカラー一色のモンビ(モンドビデオ)としての評価を不動のものとしています。挿入された野坂の歌(「ヴァージン・ブルース」 「黒の子守唄」 「男坂・女坂」 「花ざかりの森」 「かもめの3/4」 「おんじょろ節」)はどれも素晴らしいものの、反面、その作品の脱力感は、ちょっと気を抜くとほんとにあの世へ誘われてしまいそうな危険性を孕んでいます。このモンビは、あ ぶ な い !


ちなみに簡単にあらすじなどを書いてみますと、ある男(瀬川芳一)は精子バンクに通う精子提供者、男は童貞であるが、いままで提供した精子はもう三人もの女を妊娠させている、それを軽く自負する男の本末転倒の妙。その精子バンクに精子をもらいに来た女(沢田和美)はその男を見た瞬間、その男の名前でない名前で呼びかける。”人違いですよ…”と困惑を隠せない男だが、”バンクからではなく、あなたから直接(精子を)もらいたくなった”と言う女の言葉に、また女の不思議な魔性に抗うすべもなく、男は女のセックスの奴隷となっていく。そんな二人の前に突如前触れなしに現れる謎の男、それは死神である。死神は男が寝ている隙に女をどこかへ連れ去ってしまう。女が消えたことに悲観する男だが、女の素性を調べていくうちに、実は女は四十年前に自殺して死んだ女だとを知る。女が忘れられぬ男は、女が自殺した場所へと向かう、その男の前にまた女は現れた。彼女は幽霊だったのだ。彼女は四十年前、婚約者がおりながら戦争のため結ばれなかった、そのことに絶望して自殺した女、その婚約者にそっくりだったのが、精子バンクの男だったのである。四十年前に果たせなかったことを果たすべく、女はバンクの男と祝言をあげ結ばれる。が、またそこに現れるのが死神で、死神は死者をあの世へ連れ戻さなければならぬ役目、女はまた連れ去られ、男は独りそこに取り残されるのであった…。


とまあそんな感じですけど、その死神を演じたのが、もちろん我らが野坂昭如なのであります!そんなわけで今日の一言。デスノートがなんぼのもんじゃい!死神ならば、野坂の前に野坂なし、野坂の後にも野坂なし!こっちはデスビデオじゃい!
そんな『幻の女 ファントムレディー』は、冥界歌謡AVであるとともに、死神譚の金字塔でもありましたとさ。


一枚目:野坂昭如監督作品のAVタイトル
二枚目:死神野坂、初登場シーン。この顔色の悪さと不敵な笑み、イカす…。


三枚目:女を連れ去るべく、飲み屋に侵入する死神。山高帽に着物という恰好から一転、何故かタキシード。さらに顔色が青い。頭上の銀紙みたいのはなんだか謎。
四枚目:劇中唯一、死神メイクじゃない野坂。仲見世(?)をゆったり歩きながら「花ざかりの森」を雰囲気だして歌いあげる超唐突なシーン。話の筋とは全く関係ないので、ただ野坂が歌いたかっただけだろう。


五枚目:ギャグのような野坂の顔色の悪さ、ここに極めり!死神メイクはこうでなければいけません。
六枚目:ラストの女連れ去りシーン。モーターボートを運転して、どこかに去るのか死神野坂。これはもう、つげ義春の『ねじ式』だ!




死神ステゴロ伝説 渚地獄送り!