『実録白川和子 裸の履歴書』

migime2009-01-11


1973年の日活ロマポで、監督は曽根中生、脚本は田中陽造阿部定は自分のチン切り事件を芝居にし自ら出演していたというが、それに想を得たのかどうかは知らないし、まあそれはともかくとして、大学生の白川和子が演劇仲間から輪姦され、その一部始終を撮ったブルーフィルムを観たプロダクションの社長(殿山泰司)が白川をピンク女優にスカウト、後にピンクの女王となり、日活ロマポに出演し、そして引退するまでの半生を綴った伝記(?)で、白川和子が自ら白川和子を演じた、白川和子の、白川和子による、白川和子のための引退記念映画。というわりには、開巻の輪姦シーンから粉塗れにされたり、監禁されるシークエンスでは鼻の穴に詰め物をされた顔を下からドアップで撮られたり、恋人の織田俊彦に別れを切り出したときは横っ面をビンタされて、しかもそれを監督は軽く流さないから、ぴったりブスい顔でストップさせられ強調されたり、ヒロインなのに、引退作なのに、なんちゅー扱いなんだと腹を抱えて苦笑いしましたが、『悶絶!どんでん返し』での谷ナオミと同じ意味で、この『裸の履歴書』は白川和子にとって出色の作品なのではなかろうか、この白川和子の愛嬌、なるほどこれは皆から愛されたわけだ。と書くとこれはコメディ映画なのかと思われそうだけど、確かに曽根演出は面白可笑しいのだけど、でもそれだけじゃあない、白川和子のシリアスな味も素晴らしいよ、まあそれは割愛するけれど。

曽根中生が撮った自伝ものと言えば、現役不良少女・高田奈美江の同名本に想を得た『BLOW THE NIGHT!夜をぶっとばせ』というのがあるけれど、これも高田奈美江は高田奈美江として出演している。後半の方はともかくとして、この映画、不良たちの日常などをあくまで淡々に、俯瞰的客観的に撮り続けていた印象があって、一種のドキュメンタリーのような錯覚に陥ったのだけど、同じく本人出演の自伝もの『裸の履歴書』はそれとは趣きを異にするようだ。こちらは「実録」と言ってもやっぱり虚構の世界と納得できてしまうのである。いや別にそれをどうのこうの言うつもりはなくて、そんなことは問題でもないのだけど、ようは白川和子の現実の体験に尾鰭をつけ、また一方で白川和子の現実体験をでっちあげる、改竄する、田中陽造の筆が物凄いんである。ところどころ”嗚呼!これぞ田中陽造!”的シークエンスや台詞回し、またこの人のもはや登録商標のような「地獄」も出てきて、またそれが盟友曽根中生のユニークな演出と相俟って、僕を狂喜させてやまないんである、ようするに。

この映画の中で特に好きなシークエンスが二つあって、奉仕活動に殉じている和子は、自分の裸の写真を愛撫する老人に本物のおっぱいを吸わせてあげるのだけど、「おっぱいだ!おっぱいだ!夢に見たおっぱいだ!」と狂喜した老人は後日首を吊って死んでしまう。それを聞いた和子が老人の遺骨を持って東京タワーをのぼるところがまず素晴らしい。どんどん上昇するエレベーターから眺めた窓外の景色をカメラは捉えていて、そこに和子の声がかぶさる、「広いねー、汚いねー、果てしがないねー。でもおじいさんの墓場にはここが似合うわ」って、東京タワーを墓石に見立てるなんて!展望室にあがった和子はおじいさんの骨をさらさらと蒔きながら、「ごめんね。できないまま死んじゃったのね。だからおじいさんの身代わりを抱くわ。それで許して。最初にこの中に写った男がおじいさんなのよ」と言って望遠鏡を覗きこむのだけど、もうこれ凄い、大好き、十二階の望遠鏡を覗いた『押絵と旅する男』のイメージがかぶさるのもいい。展望室で和子はおじいさんのお骨を舐めて「にがーい」とやるのだが、次のシーンは望遠鏡に最初に写ったチンドン屋のピエロ(水木京一)とチョメチョメ、ピエロの精子を舐めて「にがーい。死んだ人の味がする」って、もう田中陽造の世界でしょ、この一連のシークエンス。

二つ目は、和子がヒモの男(影山英俊)に目、鼻、耳を塞がれ、そのうえ簀巻きにされて監禁されるシークエンス。「まるでいもむしだ。しかし、きれいないもむしだなぁ」(嗚呼ここでも乱歩やボッスを想起させるなぁ)なんて簀巻きの和子に感心する影山も、「地獄だわぁ」なんて呟いちゃう押し入れに閉じこめられた和子も凄いんだが、「悶えろ!目も耳も鼻も死んだその分、肉の快感が増幅されるんだ!」と叫んで身動きのとれない和子に劣情を抱く影山、和子の上にかぶさる、それを檻なめの横移動で足元から上半身へと追って撮ってるのを面白く観たんだが(中間に柱を置いてるのも心憎い)、その後出てきた殿山泰司の鉄格子ギャグもまったく笑わせてくれる。突然に一転する雰囲気、空気、そのギャップ。

白川和子の引退記念だからなのか、最後に次代を担うロマポ女優らが大勢出演。スケバン仁義を切る片桐夕子、そのワイワイぶりを横目に、離れた所で「こどく」と呟く体育座りの山科ゆり、原英美は寅さんルックで「あたくし生まれも育ちも葛飾柴又」なんてやっている。宮下順子はカウボーイルック、ピストルが暴発してズボンが下がる。小川節子は田舎のイモ娘、二条朱実は股旅ルックで「ほんとにひどいことさせるよね」と恨めしげの苦笑い、田中真理は娼婦?最後の最後はみんなおっぱい丸出し、ずらりと並んでご挨拶、ビバ!おっぱい!ビバ!ぱいおつ!

しかし最後にこういうオチをつけるのって、寺山修司の『邪宗門』とか、ホドロフスキーの『ホーリー・マウンテン』とか、なんか想起しちゃうなぁ。ちなみに監督の曽根中生も白川和子と同様に、”ピンク映画”の監督役で自ら現実のような虚構を演じておりました。いや虚構のような現実かな?