イメージフォーラムで観た金井勝『王国』の思い出

以前、同伴したガールに”クロノス王は女にした方がよかったんじゃないか”と切り出したことがある。むささび童子が最後に何を盗み取るかは具体的にしないとしても、もしもそれなら「子宮」であることは間違いないわけで。
むささび童子が鴨の肛門、襞に覆われた狭い狭いトンネルに侵入するシーン、すぐさま金井勝の『無人列島』が想起されるわけだが、ここでも日出国(串田和美)は尼さんのヴァギーに頭から突っ込んでやっぱり狭いヒダヒダを這い進んで行く、その時に発せられる日出国の叫びは、声にならない”おかーさーん!”、声になった”かあちゃーん!”、つまり日出国はここで産道を逆戻りし「子宮回帰」を果たしたのだ。
では、『王国』のむささび童子はどうか。彼が這い進んだのは人間のヴァギーではなく、あくまで鴨のアナルであって、一見「子宮回帰」とは関係ないように見えるけれど、これに限っては肛門・直腸も産道なのだ。『王国』は鳥類のドキュメンタリーでもあって、映画において鳥類が重要な位置を占めているが、その鳥類はよくよく考えてみれば単孔生物なのだ、交尾も排卵も肛門からなされるのだ。
むささび童子が産道を通って行き着いた先は、時間を司るクロノス王の王国ガラパゴス、つまりガラパゴスは子宮とも言え、すると子宮はクロノスの王国。子宮内で動物たちと戯れるむささび童子のなんと楽しく幸せそうなことか。まるで一匹の精虫にでもなったかのごとくむささび童子の爬虫類との交歓交合。
しかしそんな幸福な時間も途中から悪夢に変わっていくのか。夢野久作が『ドグラ・マグラ』で書いていたけれど、胎児は母の胎内にいる十ヶ月の間に一つの、数億年ないし数百億年の夢を見る。それは単細胞時代から現在にまでいたる一種の悪夢でもあるが、そんな夢を見させる胎内とは何だ。時間が凝縮されている場所、時間そのものと言い換えてもいいのではないか。それならばやはりクロノスの王国であり、もしも「子宮=クロノス(時間)」の図式が成立するならば、鳥博士役に大和屋竺をキャスティングしたことも凄い偶然の一致というか、ひどく興味深い。
例えば、大和屋竺の『裏切りの季節』とか『荒野のダッチワイフ』とか、『野良猫ロック セックスハンター』とか『大人のオモチャ ダッチワイフレポート』などに特に顕著だけれど、大和屋竺の「女性憎悪」というのは徹底的な「子宮憎悪」に変換されるわけで、するとマックス・テシエなんかは、『王国』の大和屋竺を「鳥類学者の著しく”邪悪な”人物」などと言ってて、「邪悪」ってのはこれはすげえ面白いぞと。言うまでもなく『王国』の中で大和屋竺は執拗にクロノスをぶっ殺すことをたくらみ、それしか妄執してないキ印なわけだが、ここで大和屋竺の「子宮憎悪」と繋がってしまう、偶然にも。
劇中の「人もまた時のオモチャ」ってフレーズ、結局世界を支配してるのは子宮という新たな神話なのでしょうか。子宮に戦いを挑んだ連中は大和屋竺をはじめ皆(クロノス王に取って代わったむささび童子以外)、子宮に焼き滅ぼされるという一事をもっても、それはうかがえるのかも知れない。
子宮に敗北する例なんかは、大和屋竺『裏切りの季節』など顕著なのではないか。それは子宮憎悪の権化ともいえた主人公である立川雄三の、谷口朱里をさんざん虐待したあげくの、「今こそまさにおまえを愛している」という一台詞、これは子宮に対しての敗北宣言である。その証拠には、結局最後谷口朱里は勝ち誇った笑みを浮かべ、逆に立川雄三は恐怖におののき、死へと繋がるのだ。
あのとき同伴したガールは僕とは逆に”クロノス王は男であるべきだ”と主張していた。
まず『王国』で全篇に渡ってつきまとう八咫烏の旗。それとラストの宇宙に浮かんだ九つの顔がポイントだと言う。
第一に、八咫烏は太陽の象徴である。
第二に、九つの顔とは『無人列島』の串田和美、『GOOD-BYE』の金井勝、『王国』のむささび童子、あとストッキングをかぶっていて顔がわからない六人であるが、これらは何かの神話(忘れた…)より九つの太陽を象徴しているのだそう。すると、むささび童子も太陽であり、最後にむささび童子はクロノスになったので、クロノスは太陽って図式。何かの太陽信仰の宗教(忘れた…)では、「臀部を神聖な肉体の部分としていて、その中心に位置する肛門は大地からの神託を媒介する大切な部分であった」とのこと。他にも何か言っていたが、ちょっと僕にはわからなかったので、いちおう納得したものだけメモ的に書いた。僕は子宮回帰を軸にしたが、ガールは太陽を軸にしてるので「太陽・肛門・鳥類」のつじつまが合う。鳥類は肛門至上主義にはもってこいな動物ではある。ただ肛門に入ってクロノスの王国に行ったのがまたこんがらがるけれど。
『王国』を最後に観たのがもう4年前のことで、実際のところもう一度でも二度でも観た方がいいには決まっているのだ。
しかし…

「そもそも鳥類は、いまから一億五千年まえ、爬虫類から分かれたアルケオプテリクス、つまり始祖鳥、その誕生をもってして、鳥類の起源としています―
「しかしこのアルケオプテリクス、けっして現在の鳥類のような見事な羽ばたきをしたわけではないのでして―

というような大和屋竺の怪演と延々4ページの長台詞、あと佐藤重臣のホイホイだけで、私的には十分観るに足りたのであった。
大和屋竺のヒゲは日活技髪部から借りた付け髭で、科学博物館内のシーンは全てアッという間の盗み撮りだそうだ。