『避妊革命』が観たいので追悼番組を〜『堕胎』とか丸木戸定男とか

若松プロの丸木戸定男役・寺島幹夫さんが死去
(読売新聞 - 12月05日 19:21)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081205-OYT1T00586.htm




「人工胎盤を作ろう、私は夢中だった。もっとも人工授精の実験過程として、イタリアの医学者が試験管内で、三ヶ月まで胎児を育てることに成功した例はある」


『堕胎』、監督は若松孝二足立正生、助監に沖島勲、脚本に足立正生若松プロダクション1966年制作の「現代ホムンクルス譚」。


独房に入れられた医師・丸木戸定男(寺島幹夫)のモノローグから始まるこの映画、前半は説教臭いセックス講義映画のようであるが、後半はなぜ丸木戸が監獄につながれることになったかの経緯が語られる。
丸木戸は町の産婦人科医である。彼の元には日に平均二人ないし三人、堕胎手術を受ける患者がやってくる。彼はもう数千人を殺している計算で、つくづく堕胎手術に嫌気がさしていた。セックスとはなにか?セックスは愛のみにあるのでなく、また生殖のみにもあるのではない。幸せなセックスとは何かを求めて自問自答を繰り返す彼が辿り着いた結論が、セックス・愛欲と生殖を切り離すことであった。人工授精が一般的な今日、女性の側にも人工胎盤を、ようは胎児を女性の体外で育てるための飼育装置を研究し始めるのである、そうマッドサイエンティストの情熱と狂気をもって。栄養補給器の安定性、気圧の調整、空気にふれてはならない、温度の変化も許されない…、そのような難題にぶつかりながら彼はついに人工胎盤の装置を完成させる。あと足りないのはこの装置の中に入れる受精卵だけであった。そこで彼がとった行動とは、妊娠している女性を麻酔で眠らせ、彼女の受精卵を盗むことだった。まんまとそれに成功した彼は、その受精卵を装置の中で育て始める。そのフラスコベイビーも五ヶ月間生き、随分と成長した。それを見て狂気の快哉を叫ぶ丸木戸は、これからの新人類となるだろうその胎児に”未来”と名付ける、科学的な人造人間、もっと言えば中世欧羅巴の錬金道士がその造出を夢想してやまなかったホムンクルス、丸木戸未来。しかし、丸木戸の得意の絶頂もそう長くは続かなかった。丸木戸の悪魔の所業とも言える実験に驚いた妻の密告により、それは明るみに出、丸木戸は捕まる。彼がそのとき言い残したのは他の人間たちには謎の言葉”未来を頼む”であったような気がするが(実はよく聞き取れなかった)、未来は衆人の目に晒され見世物となる。そして丸木戸定男は18年経った今もいまだ獄中の人であり、天才は世に容れられぬことを呪詛しつつ、牢獄の中でせっせと”未来”に関する学位論文の執筆に勤しむのであった、その名前マルキ・ド・サドのごとく。


冒頭の台詞は劇中での丸木戸定男の独白だが、その「イタリアの医学者」とはダニエル・ペトルッチ博士のことだと予想される。
フランスの生物学者ジャン・ロスタンは1958年に刊行された自らの著書『愛の動物誌』の中で、「貯蔵瓶妊娠(『堕胎』で言えば”人工胎盤”の装置)を実現することは可能」「自然的人間は人工的人間、科学的人間にその立場を譲ることになるだろう」と予言したが、そのすぐ二年後それが半分現実のものとなる。
1960年、ダニエル・ペトルッチ博士は自ら作った装置によって、試験管の中で卵子精子を結合させて、この結合から生じた胎児を29日間成長させたのである。劇中の丸木戸定男によれば、イタリアの医学者が胎児を成長させた期間は”三ヶ月”ということだし、”宗教団体等の圧力によって実験を止めさせられた”と言っていたが、実際は29日目にペトルッチ博士が自ら思うことあってか実験を中止し、自ら作った胎児の命を自ら断ったのである。そして、この後これは大スキャンダルとなり、ペトルッチ博士は宗教家をはじめ世間の人々からも激しく糾弾されるはめになるのであるが、ただペトルッチ博士としては、ただ単に細胞組織の研究のための実験で、他に意図は全くなかったようだ。この点で、猟奇的な新人類、新ホムンクルスの造出へと加速度的に狂った道にどんどん外れて破綻していった、パラケルススの系譜を継ぐ現代の錬金道士、丸木戸定男とは違うのである。


この手の話は澁澤龍彦の初期の著作物で何度となく語られていて(『夢の宇宙誌』1964,『エロスの解剖』1965)、例えば映画のクレジットにも表記されないし、またそれに関して語られることもないが、『女子大生の告白 赤い誘惑者』が寺山修司『わが故郷』の翻案であるの同様、足立正生の『堕胎』も澁澤龍彦の著作物からの翻案と見なしていいのではないかと思うのだがどうだろうか。
また『堕胎』の主人公が”丸木戸定男”というのも本邦でのマルキ・ド・サドの最も有名な紹介者として澁澤龍彦を連想させもするようだが、いや、これはなんということはない、大体にして足立正生が書いた初期脚本の登場人物名は”丸木戸定男”ばかりなのである。そして曽我部恵一についてはまた別のおはなし。


画像は映画中に挿入された帝王切開手術の記録映像より、腹をメスで裂いたら胎児の顔があり、取り出すところ。もう一枚は丸木戸定男の作った人工胎盤装置。中央のビンの中に入ってるよくわからん塊が新人類・丸木戸未来ちゃん。