たいこもち砂塚秀夫〜極私的幇間映画BEST5

 ただいまシネマヴェーラ渋谷で開催中の「妄執、異形の人々2」、自分ではあまり通ってる気がしてなくて、もっと行きたい…みたいな焦燥感が今尚あるのだけど、チラシを見ながら9月をふりかえると、9月12日に『結婚の夜』と『銭ゲバ』を鑑賞、続いて13日に『蛇精の淫』『愛の陽炎』、14日に『怪談せむし男』、17日に『妖婆』『博徒七人』、20日に『超能力者 未知への旅人』『きつね』、25日に『スパルタの海』『燃えろ狼男 ウルフガイ』に行っていて、『処女監禁』をスクリーンで観たかったという憾みはあるものの、なんだかんだで結構観ていることに気づく。
 この特集も10月に入り後半戦、『二匹の牝犬』『にっぽん'69 セックス猟奇地帯』『俺の血は他人の血』『砂の香り』(あともう一度『怪談せむし男』)あたりは確実に行きたいと思ってるわけだが、それはともかくとして、前半戦を終えての極私的暫定一位は『結婚の夜』で、嗚呼もう一度観たいなぁ…なんて思っていたら、なんとCSの衛星劇場で11月に放送するんだってさ!嬉しいんだよ〜ん。しあわせ。と思わず若杉ハレンチ英二口調になってしまうが、視聴料金ちょい高めの衛星劇場を解約したいと思い続けて幾星霜、今月は『花芯の誘い』『花弁のしずく』、来月は『結婚の夜』あるしで、嗚呼やっぱりまた解約はダメだった。

 そんなCS強迫観念に囚われてる僕が月の初めにまずすることといえば、東映チャンネル、衛星劇場などの来月の番組チェックだけれど、ギャー!11月の衛星劇場は『毘沙門天慕情』もやるんじゃないの!待ってました!ヤッタゼベイビー!
 ちなみに『毘沙門天慕情』(1973/土居通芳)とは、岡本喜八石井輝男の映画でその芸達者ぶりを見せる名バイプレイヤー砂塚秀夫が企画・製作した、自ら興したプロダクション「砂塚企画」の最初で最後の作品。静岡県熱海の芸妓置屋に生まれ*1、若いときよりあらゆる芸事に精通していた砂塚秀夫が、自らの幇間芸研究の集大成として、神楽坂の若き幇間を自ら熱演(自ら主題歌も歌う!)、僕が知る限り、これは砂塚秀夫唯一の主演映画*2である。
 こう”自ら”ばかりを連発していると、なにやら「田宮企画」の『3000キロの罠』と同じニオイさえ漂ってくるのだが、現に両者とも興行的にはコケたらしいのだけど、だがしかーし!田宮のはつまらない(いや裏返して観ればの条件付きで可笑しい)のに対し、砂塚のは売れなかっただけで映画的には全然面白いと思う。
 田宮がオナル的に、これでもかと言わんばかりに自己をアッピールしてくる性格なのに対し、常に脇役として映画のあらゆる「間」を助(幇)けてきた砂塚は映画界の「幇間」ともいえ、たとえ主役になったとしてもその精神は変わることがないように思われた。幇間は咄や芸ばかり磨けばいいという種の仕事ではない、それにプラスして、お客の心を察し、配慮し、臨機応変に、その場の「間」を捌き、人との「間」を作っていかなければならないのである。余談だが、世の中には無駄な顕示欲、自己主張が過ぎて「間」をぶち壊す輩、大物俳優がどれだけいるか考えてみればいい。
 閑話休題。そんな●●の話なんぞはどうでもよろしい。砂塚秀夫の『毘沙門天慕情』である。この映画は映画界の幇間とも言える砂塚が、まんま幇間となり、その泣き笑いを演じたものだ。
 おおまかなあらすじを言えば、森繁久彌演じるところの爼家ぽん助は人間国宝級の幇間芸の名人、客の注文に対して”できません”とは絶対言えないのがこの稼業、馴染み客の”オリンピックをやってみろ”の一言に、二階の手摺りに逆立ちして、ほっほっ、と曲芸のようなことをやってみせるが、誤って手が滑り転落死、いままで幇間芸に身を入れてなかった砂塚演じるところの俎鯉次郎も親父ぽん助の死をきっかけに、”昭和二桁の日本一のたいこもちになってやる!”と一大決心、幇間修行に励んでいくという感じだが、その間にスケバンとの対決があったり、砂塚をめぐる色恋があったりと、なんせこの映画での砂塚はとにかく女にモテる!すぐ女に惚れられる!喧嘩もめっぽう強いし、気っ風もいい、まさに絵に描いたような主人公なのである、あの砂塚秀夫がである。砂塚秀夫七変化!砂塚秀夫ワンマンショー!これだけで砂塚フリークとしては観る価値が十分あるというものではないだろうか。とにかく砂塚がナイトクラブでドカドカドカドカジャーン!!!!とノリノリでドラムを叩きまくるオープニングから燃えます(そのあとのハズシ方もいいの〜ん)。もちろん幇間としても、「奴さん」と呼ばれる踊りを披露したり、芸達者ぶりを見せてくれます。
 他にも注目すべきコメディリリーフが何人かいる。まずは”ピーター”ではなく”ヒーター”という名のオカマ役の大泉滉、砂塚に惚れ、砂塚めぐって北条希功子と恋の鞘当て、出番も多く活躍する。
 由利徹はセーラー服を着て”熊子”というスケバン役でワンシーンだけ。通り名は”おしゃまんべのお熊”、乳を揉まれて「おしゃまんべ」のギャグ!
 ”スケバンおみち”こと青山ミチ(カッコイイ!)、砂塚に舎弟を痛めつけられ、砂塚にこの落とし前をつけろと迫る。その落とし前が”私とセックスしろ”ってんだから、砂塚どうするかと思いきや、なんの迷いもなしに連れ込み宿で一発、青山ミチを破瓜!これで落とし前はついたぜ的なことを言ってミチを残して部屋から出ていく砂塚がシブい!結局砂塚がサイコーってことね。


 ついでなので、「極私的幇間映画BEST5」も書くと…

第一位:『毘沙門天慕情』1973/土居通芳
 たとえば落語には『鰻のたいこ』『富久』『つるつる』と、その他にも幇間が主人公の咄が数あれど、まず僕は幇間が主人公である映画はこの『毘沙門天慕情』以外他に知らない。なので必然的にこれを一番に持ってこなければ仕方ないだろう。キング・オブ・幇間映画!
 幇間を演ずるのは森繁久彌と砂塚秀夫。
 森繁の方は俎家ぽん助という幇間で、芸は人間国宝級、”幇間はバカじゃできない”が口癖であり(実際幇間の世界にはそのような格言がある。利口すぎても馬鹿でもできぬ)、お客に可愛がられてこその幇間、出されたお題はどんなものでも気持ちよくやるというのが信念。しかし馴染み客に”オリンピック”というお題を出され、ノリノリで二階の手摺りに逆立ち、手を滑らせて転落死。
 砂塚演じるところの鯉次郎、親父である森繁亡き後、幇間として独り立ちし座敷を回るが、あのとき客に”俺の酒を飲め”とコップに入った小便を差し出される。ここで”イヤ”と言えないのが幇間のつらいところ、お世辞を言いつつ砂塚は笑顔で小便を飲み干したりもする。(後日、小便飲ませたことを謝りに来た客に、砂塚は”目には目を”的な復讐を果たすが、女将さんにその行為は幇間失格と諭される)
 この映画で砂塚が披露する座敷芸は「奴さん」という踊りである。


第二位:『四畳半襖の裏張り しのび肌』1974/神代辰巳
 この映画の主人公、正太郎(中沢洋)は幇間になることを夢見る少年である。太鼓持ちの師匠に弟子入りし、そう、芹明香に言わせるならば「男と女はあれしかないんよ」の”あれ”を扱った卑猥な座敷芸を、デデンデンデンと、ひたすらひたすら稽古する。
 かつての幇間は御伽衆であり、男芸者であった、そこにはときに男色も含まれたわけだが、そう考えたとき、すぐさま想起されるのが正太郎少年ではなかろうかと思う。正太郎少年には、前述の森繁や砂塚、これから語る予定の幇間らとは違って、妖しい魔性の色気があった。まだ生殖能力のない少年だということも大きい。
 正太郎は芸者屋の半玉たちとの”あれ”はもちろん、ある夫婦の性生活にまで介入していく、この夫婦にとってもはや正太郎なしの”あれ”は考えられなくさえなるのである。このとき、その旦那の方とは直接な”あれ”はなかったような気がするのだが(うろ覚えで真偽がはっきりしない…)、旦那が正太郎に心酔し切っていたのは確かだ。正太郎の両刀性を読み取るのも難しいことではなかったと思う。
 ひたすらお客に奉仕することを本分とする幇間に、正太郎少年が向いているかは僕にはわからないが、もしかしたら天性の人心掌握術をもってして大人気の幇間に大成したかも知れない。そうなると振り回されるのは客の方だ。しかし、客もそれで本望なのであろうデデンデンデン。


第三位:『愛のコリーダ』1976/大島渚
 吉蔵(藤竜也)と定(松田英子)、その他何人かの芸者たち、彼等が乱交している後ろで、幇間として(時に藤と合図をかわしながら)踊る男が出てくる。この幇間、名前を松廼家喜久平という。
 だいたい今まで幇間太鼓持ちと繰り返し言ってきたが、たとえば花魁といえば吉原に限ったように、芸者という言葉を使うことを公儀から許可されたのは吉原だけだったように、吉原には他の遊里とは一線を画した格式があり、芸者といえば吉原が本場とされていた。これは幇間も同様であって、吉原以外の遊里の幇間は”町だいこ”と一段低いものと見なされていた。
 それを踏まえての松廼家喜久平である、幇間の派は数あれど”松廼家”といえば江戸・吉原生まれの謂わば本流、つまり、特に幇間が活躍するわけではないけれど、まさに本物の幇間の座敷芸を観ることができるという貴重性で、この映画を第三位に。
 ちなみに他に本物の幇間が出てくる映画というと、森繁久彌主演の東宝映画『おしゃべり社長』(1957)の宴会シーンに、幇間・桜川忠七が出演していて盛り上がったという話である。他に東映『妖刀物語 花の吉原百人斬り』(1960)にも出演。まあ、どちらも未見であるが。


第四位:『四畳半襖の裏張り』1973/神代辰巳
 第二位に引き続き、またまた神代・四畳半がエントリー。ここでの幇間はぴん助師匠こと山谷初男である。
 旦那を楽しませようと調子こいて猥褻な小咄をぶつ山ぴん師匠、男にとっては女がイクときの感覚が想像できないとか不思議だとか、しかし最後に、”首を絞められて死ぬときが、女がイッたときの感覚”であるらしいんですよとかなんとか言っちゃったものだから、まあ口は災いの元と申しましょうか、当然旦那は”じゃ、そこで首を吊って見せてみろ。女のよがりを試せ。そしてそのエクスタシーを俺にレポートしろ”って言うに決まってる。ぐずぐず泣き言や愚痴や恨み言を言いつつも、幇間ゆえに結局鴨居に紐をかけて首吊りするはめになった山谷ぴん助師匠…。
 映画的にはその山ぴん師匠の不様が可笑しくユーモラスなのであるが、実際の幇間の心得として愚痴等は御法度であるようだ。
 最後に、ここでの山ぴん師匠の芸は、踊りではなく話芸である。幇間は落語と同じルーツともいわれ、もともと幇間は咄上手でもあるのだ。


第五位:『ツィゴイネルワイゼン』1980/鈴木清順
 麿赤兒ら盲目の旅芸人が歌う数え歌は、幇間の桜川善平に教えを乞うたもの。
 というか、「幇間映画ベスト5」としたものの、四つしか思い浮かばなかったので、この映画は半ば無理矢理入れたという次第、くるしい…。
 ちなみに”桜川”といえば江戸時代から続いている幇間の名門です。

*1:僕が尊敬してやまないある方より教えてもらったのだが、石井輝男の「お別れの会」に砂塚秀夫も来てくれて、そのとき「もう俳優は引退して静岡で幇間をやってる」と言っていたそうだ。監督名が記されていない『毘沙門天慕情』の準備稿シナリオを砂塚が、読んでくださいと石井輝男に贈ったという話も聞いて、もしかしたら石井輝男に監督して貰いたかったんじゃないかなぁ、そうなってたらもっと面白かったろうになぁ、と僕は独り夢想するのであります。

*2:ライトな艶笑ロマポを撮らせたら藤浦敦の右に出る者ナシ!と世間で言われてるかどうかは知らないが、藤浦敦の『セックスドック 淫らな治療』(1980)もそんな艶笑もの。俳優序列では女優の方が前に来るのがロマポであり、この映画もその例に漏れませんが、しかし実質の、隠れた主役は、”Dr.紫”というセックスカウンセリングを行う医者、砂塚秀夫と言ってもいいんじゃないだろうか(余談だが、先日観た高桑信の『喜劇セックス攻防戦』のセックスカウンセラー山城新伍もくだらなくてサイコーだった。「極私的セックスドック映画BEST5」もそのうちやろうと思った)。Dr.紫=砂塚と、そのエロ助手の志麻いづみ、もうこれだけでひと笑い。十字架を見ただけでところかまわず発情する渡辺とく子、オナニーしかできないマリア茉莉、結婚して一年になるのにいまだキスしかしてない安西エリ、警官の制服でなければ発情しない江崎和代、実の母親と近親相姦する石塚忠吉などらを治すべく、バスをチャーターしてみんなでスワッピング旅行。沼津秘宝館館内の映像も少しだけ拝める。一般的には地味な作品であると思われるが、砂塚秀夫とマリア茉莉のパイオツに一票!