『銀座三四郎』〜脱力、藤田進のバカっ面

7月16日、新文芸坐市川崑の『銀座三四郎』を観る。三四郎といえば、(せがたでも、プラモでもなく)黒澤明姿三四郎』の藤田進であり、銀座三四郎も彼であったが、やっぱりバカっぽい。ただ見た目はバカっぽいけど、オールドメスの恋心を”知らないふり”という高等技術で流していたところなど慮るに、黒澤三四郎のときはひどくバカだったが、銀座は案外バカじゃない。そのオールドメスこと山根寿子の親父河村黎吉がいい。彼は森の石松よろしく片眼が潰れている。神棚には片眼の入っていない達磨。娘とバカの結婚が成就したときに目を入れるという。もしもそれが成就したならば、森繁ならば「石松開眼」ってもんだが、河村の石松は両眼が潰れてもいいとぬかす。伏線。最後の最後、満願成就して神棚の達磨に目を入れようと不安定な台に乗る河村石松、あわわ、ま、まさか、そうくるの!?と見ながらハラハラ、これがドリフならば”乗るな乗るな!”と叫びたいところ、ほら案の定足元がぐらぐらし始めた、達磨の両眼が開くと同時に石松の両眼は潰れるのか!?けれど、まあそこはギャー!!とブラック落ちで狂わせる必然性もなし、ほっ。ちなみに僕は朴訥バカの三四郎より女たらしの三五郎の方が好き。例のごとく渋谷経由で帰宅。ヴェーラに寄り道して少し受付と話す。先日ヴェーラで痴漢騒ぎがあったとのこと。犯人は逃走。過去には場内でオナニーするおっさんも二人ほど目撃されていたり、♪いいな、いいな、人間っていいな、と、ふとにっぽん昔話のED曲が頭をよぎる。

檜垣三兄弟の上二人は三四郎に敗れたが、三男は物語の最後、三四郎を殺す千載一遇の機会を得る。というのは寝ている三四郎に対しナタをふりあげ、それをふり降ろそうとしたとき、三四郎は夢でも見ているのか寝ながら笑うのだ。これで三男は攻撃する気がなくなって、自分らの完全敗北を認めるのだけど、朴訥でバカっぽい藤田進の笑顔(黒澤明『続姿三四郎』)ならばともかく、三浦友和の小賢しい笑顔(岡本喜八姿三四郎』)じゃ俺なら絶対ナタをふり下ろすのをやめない。だって劇中、変に女慣れしていて爽やか笑顔、はにかみをしてたんじゃ、最後の最後で効かないんだもん。三浦の笑顔には説得力がない。演技か素かは知らないけれど、藤田進が『姿三四郎』の正続でときおり見せた、ニコっとする満面の笑顔、ずっとバカっぽいな、バカっぽいなと思っていたけれど、今となっては続の最後までも見越した伏線だったとしか思えない。緊張状態であればあるほど、藤田進の笑顔を見たならば、誰でもきっと力が抜ける。藤田のバカっぽい笑顔には説得力がある。