『十字路』→『二度と目覚めぬ子守唄』→丸尾末広

フィルムセンターにて衣笠貞之助。一本目『天一坊と伊賀之亮』、退屈だったので寝る。しかし無問題。(元々は丸尾パクネタ関係で以前から観てみたいと思っていたのだが)目当ては二本目の『十字路』。「この映画は1928年の作品である。国内ではすでに消失してしまっていたが、さいわいロンドンのナショナル・フィルム・アーカイヴに保存されていた英語版から、ここに復元。新たに、鶴田錦史、横山勝也によって音楽を加えた」と冒頭に出る通り、1975年に衣笠貞之助が音楽を加えたバージョン。矢場の女にトチ狂った弟と、その弟をいつでもかばう姉の物語。登場する人物たちはすべて、つまり、矢場の女、ニセ目明かし、女郎屋の婆と、とにかく醜悪さ極まる顔つきを強調させて、いやらしくいやらしく笑う。野次馬の類いも皆バカのような大笑い。醜悪な者どもと対比的にますます、貧乏な姉は、弟をかばい続ける姉は、女郎になるか悩める姉は、体を求めてきた目明かしを刺し殺す姉は、十字路に独り絶望をもって佇む姉は、姉の存在は、魂は、この映画の中でただひとつ美しい。美しいものは苦悩し絶望しなければいけない。雨にうたれた姉の頭髪についた水滴のひとつひとつをキラキラと鮮明に浮かび上がらせる技巧、表現主義を思わせる街路や姉弟の住処のセットの歪み、陰影、暗い地面に石灰で描かれた十字路の象徴性(ふと朝倉摂による『身毒丸』の舞台美術を想起してしまった)は素晴らしいの一言だ。なるほど丸尾末広がパクりたくなる気持ちもわかる。ただ弟が叫ぶ「暗い!真っ暗だ!」と『腐ッタ夜・ちんかじょん』は無関係だろう。にしても、男をみんな骨抜きにするという矢場の女の顔が凄すぎて有り得ないと思うのだが、矢場とはようは矢(チンコ)と的(マンコ)が出会う場所なのだから、よほどの名器なのだろう。このマンコのために弟は、弟思いの姉さんを何度も裏切ってしまう。またその弟も矢場の女に裏切られて発狂して死ぬわけだ。イメージショットつなげて、弟の心象を、眩暈を、発狂を、抽象的に表現した部分に、なにやら田中登的なものも感じてしまった。上映前、『十字路』のポスター(サウンド版)を携帯で撮ろうとしたら怒られた。


石灰で描かれた十字路 独り佇む姉



丸尾末広による『帝都物語』(1983/荒俣宏)の挿絵


『十字路』終映後、開場時間をもう過ぎている地下の小ホールへ慌てて向かう。が、ガラ空きで拍子抜け。急ぐ必要なし。一本目、石井秀人『家、回帰』、寝不足なので寝させてもらう。二本目、黒坂圭太『変形作品第2番』、やりたいことはわかる、大変な労力だとは思う、けど退屈。寝る。これで1000円も取るんだから…、まあいい、目当ては原田浩の『二度と目覚めぬ子守唄』だけだし。原田浩といえば、「絵津久秋」という変名で『地下幻燈劇画 少女椿』(*1)を撮った人物であり、となれば、わたくしとしてはこれは以前よりの眷恋アニメ、観なきゃならんだろうと。一言で言うならば、原田版『動脈列島』。そして、その世界観は『地下幻燈劇画 少女椿』まんまというか、寺山修司にも通ずるというか、まあこれが原田流なのだろう。いじめられっこである出っ歯がいじめっこ三人を次々と刺し殺すシーンは、『地下幻燈劇画 少女椿』のワンダー正光の幻戯同様のカタルシスを見せ、ラストもみどりちゃんの白い叫びを想起させるではないか。アニメーションはかなりうまい。出っ歯がセーラー服のお姉さんをレイプするショッキングなシーンもありーの。そーいえば、原田浩の『座敷牢』って完成したんだろうか。かなり観たいが。



二度と目覚めぬ子守唄



少女椿、ワンダー正光の幻術


(*1)『地下幻燈劇画 少女椿
少女椿』および『薔薇色ノ怪物』に収録された「少女椿」を原作に、監督である絵津久秋(原田浩)が一人で動画を描いたことでも知られ、なんでも丸尾末広が「本来ならこう描きたかった」というシーンまで描き足されたというカルトアニメ界の金字塔。言うまでもなく音楽担当は「天井桟敷」「万有引力」のJ・A・シーザーという夢の組み合わせ(丸尾末広自らが二曲作詞した「地下幻燈劇画少女椿名曲集」なるCDも出ている)。絵津久秋曰く、「『地下幻燈劇画 少女椿』はJ・A・シーザー抜きには成立しない企画でした。もともと「テレビ風セルアニメ+シーザー+丸尾」という「怪異な組み合わせを現実」する、というパフォーマンス的なねらいが深かったので、シーザーの参加にはとても固執しました。もちろん丸尾さんも大賛成でした」と。そして『地下幻燈劇画 少女椿』のオールラッシュを見たシーザーは「あなたはみどりより、ワンダー正光の方にポイントをおいて作っているよね。もうすこしみどりちゃんのかわいらしさを出して欲しかったな。(原作の裏表紙を指さして)ほら、こんな感じのかわいらしさかな」と感想をもらし、「正光が魔術を使うシーン、ぼくなら日本のからくり人形の動く音なんかを効果音として使うなぁ」と話したともいう。ちなみに『地下幻燈劇画 少女椿』の初演は、練馬区石神井御嶽神社で、本物の「赤猫座」を丸太や筵などを使って再現し上映したそう。色とりどりの提灯が吊された境内では、覗きからくり、生首、火吹き男、紙芝居、そして小屋の中では生人形、謎の演芸立絵(口上&人形操り)などを興行し、紙芝居などは清雲画による本物の「少女椿」をマツダ映画社から借りてくるという、なんとも贅沢な興行であったようだ。