ウサマルの陽物神譚〜『ライチ☆光クラブ』考

migime2008-06-29


近所の本屋さんにて古屋兎丸の『ライチ☆光クラブ』を買いました。タイトルに惹かれて。漫画の内容について特に何も言う気はないが(悪い意味じゃなくて)、ただ個人的にウサマルのあとがきが資料的な意味でとても興味深かったので、それについては少しだけ触れておこうと思います。



まずは某秘密結社を裏で管理する手前、「丸尾末広」について。


飴屋法水が主宰であった「東京グランギニョル」という劇団には4つの舞台作品がある。第1作『マーキュロ』(1984)と第4作『ワルプルギス』(1986)は『小説JUNE』誌上でそのシナリオが掲載されており、第2作『ガラチア』(1985)はおそらく完全版ではないと思うが『丸尾末広 ONLY・YOU』にいちおう載っている。シナリオを元に自分なりに想像することは楽しいが、ただ一作、僕がどうしても手に入れることができなかったシナリオ(いまだ何かに掲載されたかさえもわからない。情報求む!)が、第3作目の『ライチ光クラブ』(1985)で、そういう意味で、たとえ東京グランギニョルの完全再現ではないとしても(事実そうらしいが)、この漫画化はありがたかったと言うかなんと言うか。


まあそれは後述するとして、そうそう、まずは丸尾末広のことでしたね。
丸尾末広出演部分について、ウサマル漫画とあとがきを全面的に信じるならば、丸尾末広は”マルキド・マルオ”という謎の男の役で出演していたようだ。そして、それは、
「坊ちゃんには”黒い星”がついておる。ヒトラーにもついてなかった星だ…坊ちゃんは30才で世界を手に入れる。または14才で死ぬ…」
光クラブの絶対帝王ゼラに予言をする老人の占い師。
また『2minus』の飴屋法水特集号では、丸尾末広はただ”中年男”と記されているだけで、他の情報は一切ない。どこまでがオリジナルの踏襲で、どこからがウサマルの創作なのか、ちょっと判別つかないところはあるんですが…。

ちなみに『ライチ光クラブ』初演1985には丸尾末広も役者で出てますが(ウサマルが観たのはこちらでしょう)、再演1986には出ていません。上述の『2minus』には再演時も丸尾出演と記されていますが、出ていません。再演時のチラシには「丸尾末広」の名前はないし、当時の『JUNE』の演劇レポートでもそのことに触れてる部分があったと確かに記憶するので間違いありません。



上左:古屋兎丸ライチ光クラブ』よりマルキド・マルオ
上右:大きい方が初演、赤く小さい方が再演時の『ライチ光クラブ』のチラシ
下段:『小説JUNE』掲載シナリオ『マーキュロ』『ワルプルギス』の扉絵。丸尾末広画。



ウサマルがあとがきで種明かしした「演劇版と漫画版の違い」について。


「ゼラという絶対君主に対するタミヤ一人の裏切り劇だった演劇版を、漫画版ではゼラとジャイボを薔薇的関係にし(これは当時の美少年雑誌JUNEを意識した)〜」


上はウサマルのあとがきより抜粋。演劇版を夢想する上でも貴重な文章である。あとがきには他にも、ストーリーにはかなりの部分でアレンジを加えたことがつまびらかに書いてあるが、少年同士の男色関係、やはりこの違いが、この手の愛憎劇があるかないかが一番大きいのではないか。


絶対君主ゼラ(14才)は、自らを14才で即位したローマの少年皇帝ヘリオガバルス(漫画では「エラガバルス」表記)になぞらえて、何かといえば少年皇帝を引き合いに出し、また最後までも少年皇帝と同様だったのは、まあ漫画を読めば描いてあることですが、ヘリオガバルスが男色や女装もよく嗜んだというのには触れていない。少年君主が自らをヘリオガバルスになぞらえるならば、やはり男色というものは切り離せないし、そういう意味でも、漫画版でゼラとジャイボの男色関係を導入したのはよろしかったのではないか。そして『ライチ光クラブ』は、アントナン・アルトーヘリオガバルス 戴冠せるアナーキー』からの影響、着想も少なからずあったように思われる。
ちなみに『2minus 特集飴屋法水』には、飴屋法水が「アントナン・アルトーの残酷劇という言葉にひかれ、澁澤龍彦氏がよく使っていたグランギニョルの語源が残酷人形劇だと知り、また発語する際、口に摩擦の多い濁音や摩擦音や破裂音が好きだった」ことから、劇団を”東京グランギニョル”と命名したという話も載っている。



ジャイボ役の飴屋法水。少年である。美形である。半ズボンである。タルホである。



さて、ここからは余談であるが、アルトーの『ヘリオガバルス』に影響や着想を得ただろうのは、なにも飴屋法水ばかりでなく、それはおそらくたくさんいると思われるが、例えば僕の近しいところでは丸尾末広もその一人だ。特に『少女椿』以前の初期作品集、童貞厠之介などもそうだろう。
荒俣宏は『笑う吸血鬼』の解説で、丸尾末広を”グラン・ギニョールの漫画家”としていて、またグラン・ギニョール劇に関しても、この荒俣宏の解説文に詳しく、また興味深い内容なので、『ライチ光クラブ』ファンの方は参照しても損はないでしょう。


そして、アメヤ、マルオと来たならば、僕としてはどうしてもシブサワと続けたい。
澁澤龍彦ヘリオガバルス譚といえば、言うまでもなく『犬狼都市(キュノポリス)』所収の一編『陽物神譚』である。
例えば、『ライチ光クラブ』では、ヘリオガバルスは性転換、つまり去勢をしたと描いておるが、『陽物神譚』ではヘリオガバルスは去勢などせず、逆に自分の体に穴を開けるのだ、つまり外科手術により女陰を穿ち、ローマの少年皇帝はヘルマフロディトス(両性具有者)となる。両性具有こそ古代よりの”究極の美”であり、光クラブの少年君主ゼラの言葉を借りるならば、”常人にあらざる異形の者にこそ神は宿る”のである。

ちなみに、確か文庫版・澁澤龍彦『高丘親王航海記』のあとがきで高橋克彦が、”もしも三島由紀夫が生きていて、『犬狼都市』を読んだならば、彼は澁澤に対する嫉妬で本をまともに開けなかっただろう”的なことを書いていたと思うが、それほどシブサワの文章には他に類を見ない、その行間から溢れる尋常ならざる馥郁とした色気と透明感があり、題材が両性具有云々ではなく、シブサワの書くものこそ、まさに両性具有者が書くそれであると言い切ってしまいたくなるのは、隠れファンである僕の贔屓目だろうか。いや、そんなことはありません、シブサワの仕事に懐疑的な部分が全くなかったとは言いませんが、しかし、さきほど久しぶりに読んだ「陽物神譚」はやはり美しかったのです。



上段:澁澤龍彦原作『陽物神譚』(1973/監督:鈴村靖爾/出演:麿赤兒大駱駝艦土方巽)より
中段:migime所有の『犬狼都市』桃源社版、収録全集、福武文庫の三冊
下段:東京グランギニョルのチラシより、左からジャイボ、ライチ、ゼラ、カノン(マリン)の役者たち


さらに余談を重ねていくと、また宇月原清明の『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』も、そのタイトルからいってもアルトーヘリオガバルス〜』の影響は明らかでしょう。
宇月原清明の著作はこれを含めて二冊しか持っていませんが、この人もまた凄まじい才能の持ち主だと思います。
全世界を魔術的に再編し黙示録を現実化し、地球を丸ごと黒い太陽と化す妄執にとりつかれたアンドロギュヌスたち。すなわちそのアンドロギュヌスたちとは、ローマ少年皇帝ヘリオガバルス(こちらは先天的両性具有)、織田信長アドルフ・ヒトラー、彼らを太陽神エラガバルスの名の下に見事にぶっ繋げたその想像力は、同じ魔術、アンドロギュヌスを題材にした、確か『信長〜』出版と同時期で大きな賞をも受賞した某小説の内容の貧弱さに比べて、あまりにもあまりにも圧倒的でした。ちなみに『信長〜』にはアルトーも登場します。

(※さらにさらに余談だが、奇しくも丸尾と同じ名を持つ徘徊老人こと某先生は某小説の紹介文・賛辞文を依頼されたことがあったそうだが、しかし、自分が気に入った本には頼まれてなくても勝手に賛辞の文章を書いて、その著者にそれを送りつけるのに(送られた方は当然それを使わざるを得ない。もちろんそれは光栄なことだが)、自分と合わないものには難癖つけて絶対書かない某先生、手が痛いとかなんだかんだゴネて結局某小説には何も書かなかったという)


なお、ここでは「アンドロギュヌス(androgynous)」が「男(andro)+女(gynous)」であり、元々同体であったことから”先天的な両性具有”の意味で使い、一方「ヘルマフロディトス(Hermaphroditus)」は「ヘルメス(Hermes)+アフロディテ(Aphrodite)」で、ある神話をきっかけに合体したことから”後天的な両性具有”の意味で使っている。つまり同じ両性具有でもシブサワ版とウツキバラ版では、後天性と先天性の違いがあるのだ。



ウサマルを始め各種各様のヘリオガバルス譚、つまりは陽物神譚について触れて来たが、最後はただの「陽物」について。


いや、ただの陽物ってこともないのだが、またここで『ライチ光クラブ』のウサマルのあとがきを抜粋すると、


「演劇にあった「鉄のペニス」や「TVとファック」は残念ながらどうしても入れられず」


また『2minus 特集飴屋法水』では、


「ジャイボ(飴屋)が鉄製のドリルペニスで女教師(*1)を犯し股間から噴霧器で血のシャワーが飛び散るシーン」


との記述があり、これはとても面白いイメージで、このドリルペニスが漫画化されなかったのはちょっと残念ですが、なにやらこれを読んですぐさま想起したのは、塚本晋也『鉄男』での田口トモロヲ。ちなみに東京グランギニョルライチ光クラブ』は1985年が初演、『鉄男』は1989年製作。


肉体と金属の融合、テクノロジー、コンビナート、ジャンク、ノイズ、バイオレンス、パラノイア、グロテスク、ヘマトフィリアアンダーグラウンド…、東京生まれ、当時25才の塚本晋也が、東京グランギニョルの熱心な観客だったとしても別段なんの不思議もないように思うのだが、どうだろうか。
そしてまた『鉄男』の冒頭で踊り狂う田口トモロヲなんかも、すでに伝説化している東京グランギニョルキチガイダンサー嶋田久作からの着想がなんらかあったように思うのは、決して僕だけではないはずだ。



上段左右:『鉄男』よりドリルペニスが生えた田口トモロヲ。飛び散る血飛沫!!これってまさにライチだろ?!
下段左:『鉄男』より踊り狂う田口トモロヲ
下段右:東京グランギニョル『ガラチア』で狂ったように踊って踊って踊りまくる嶋田久作


(*1)女教師役はチンピク映画『ピンクのカーテン』でお馴染みの萩尾なおみだ!



追記−
『JUNE』で連載してた飴屋法水のエッセイによれば、ライトをかついだ少年達が顔をブルブル震わせるトップシーン、その中に一人だけ異常な奴がいたという。大橋二郎だ。大橋は顔の下半身だけが震えて、飴屋曰く、まるで腐った犬のミイラだったという。もちろんウサマル版『ライチ光クラブ』には、そんな可笑しくも面白い描写はない。残念。


ライチ光クラブ』ではダフ役だった大橋二郎


そのうち気が向いたら、『マーキュロ』の丸尾末広登場シーン等の抜粋とか、『マーキュロ』についての飴屋法水丸尾末広の発言、『ガラチア』チラシの飴屋×丸尾対談等を書き出してみます。まあ気が向いたらね。おまけで飴屋法水の画像貼って終わりにします。



『マーキュロ』でチンカジョン役の飴屋法水。「ビリビリに破れた袴に、女物のような襦袢をまとっているが、とにかく汚い」。嗚呼、遠藤ミチロウじゃなくて飴屋法水か!!と叫びたくなるぐらい「童貞厠之介」そのまんま。それもそのはずチンカジョンの衣装デザインは丸尾末広。絵を着物に描いて、随分と派手にしたとのこと。ちなみに丸尾末広には『腐ッタ夜 ちんかじょん』という漫画もあるが、「ちんかじょん」とは「小さな男の子」の意。